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大阪高等裁判所 昭和40年(ネ)1617号 判決 1966年9月19日

控訴人 角住富夫

右訴訟代理人弁護士 木村順一

被控訴人(昭和四〇年(ネ)第一、六一七号) 宇野高分子工業株式会社

右訴訟代理人弁護士 小倉武雄

<他二名>

被控訴人(昭和四〇年(ネ)第一、八四四号) 鈴木健之こと 鈴木顕一

主文

本件控訴はいずれもこれを棄却する。

控訴人の当審における訴の追加的変更に基き、被控訴人宇野高分子工業株式会社は控訴人に対し金三六万円とこれに対する昭和三九年四月六日以降右支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

控訴人のその余の請求を棄却する。

控訴費用中、控訴人と被控訴人宇野高分子工業株式会社との間に生じた分はこれを三分しその一を控訴人の、その二を同被控訴人の各負担とし、控訴人と被控訴人鈴木顕一との間に生じた分は控訴人の負担とする。

この判決は第二項に限り控訴人において金一〇万円の担保を供するときは仮りに執行することができる。

事実

控訴代理人は昭和四〇年(ネ)第一、六一七号事件につき「原判決を取消す。被控訴人宇野高分子工業株式会社は控訴人に対し金五〇万円及びこれに対する昭和三九年四月六日以降右支払済みに至るまで年六分の割合による金員の支払いをせよ右請求が理由がないときは、同被控訴人は控訴人に対し金三八二、〇〇〇円及びこれに対する昭和三九年四月六日以降その支払済に至るまで年六分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は第一、二審とも同被控訴人の負担とする」との判決並びに担保を条件とする仮執行の宣言を求め、昭和四〇年(ネ)第一、八四四号事件につき「原判決を取消す。被控訴人鈴木顕一は控訴人に対し金五〇万円及びこれに対する昭和四〇年一一月九日以降支払済みに至るまで年六分の割合による金員の支払いをせよ。訴訟費用は第一、二審とも同被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴人宇野高分子工業株式会社代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張並びに証拠の提出援用認否は、控訴代理人において被控訴人宇野高分子工業株式会社(以下単に被控訴会社という)に対する主張として、

「一、本件約束手形は被控訴会社の従業員訴外加藤光治がその保管にかかる被控訴会社名義の記名判及び印章を使用して振出したものであるところ、右加藤は当時被控訴会社において経理課に勤務し訴外横田雅夫とともに手形発行に関する職務を勤め、殊に右横田は社外の事務が多く社内にいることが少なかったため、主として手形発行の代理人を勤めていたものであるから、仮に加藤に本件手形振出の権限がなかったとしてもそれは右代理権限を踰越してなされたものであり、且つ控訴人において右加藤に本件手形振出の権限ありと信ずべき正当の理由があった。よって、被控訴会社は本件手形振出につき表見代理による責任がある。

二、仮に本件手形の振出が訴外加藤光治の偽造にかかるものであって被控訴会社にその支払義務がないとすれば、控訴人は右偽造手形の所持人被控訴人鈴木顕一に対しその割引をなして金三八二、〇〇〇円(額面金五〇万円から昭和三九年二月二八日以降同年四月五日まで三六日間の日歩一〇銭の割合による利息金一八、〇〇〇円及び先に控訴人が被控訴人鈴木顕一の手形不渡によって蒙った被害額金一〇万円を控除した額)を現実に交付し、右同額の損害を蒙ったもので、右損害は加藤の手形偽造による不法行為に因って生じたものと言うべきところ、加藤は前記のとおり被控訴会社の経理課勤務の被用者として被控訴会社名義の記名判及び印章を保管し手形発行事務を担当していたものであるから、本件手形の振出は被控訴会社の事業の執行につきその被用者加藤がした行為である。よって、控訴人は予備的に右加藤の使用者である被控訴会社に対し前記損害額金三八二、〇〇〇円及びこれに対する昭和三九年四月六日以降支払済みに至るまで年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。」と陳述し<省略>。

被控訴会社代理人において、

「一、控訴人の右主張事実中訴外加藤光治が被控訴会社の被用者であったこと及び本件手形が偽造のものであることは認めるがその余の事実は否認する。

二、被控訴会社は加藤に対し手形振出の代理権を付与したことは全くなかったのであるから、控訴人の表見代理の主張は失当である。すなわち、加藤は昭和三八年被控訴会社の事務員として入社し訴外横田雅夫の監督の下で伝票の集計記帳、帳簿の記入その他の一般雑務に従事していたもので、手形振出の権限がなかったのは勿論、手形振出の準備行為をなす権限その他直接金銭を扱う権限も一切付与されていなかった。

三、控訴人は予備的請求として使用者責任を主張するが、

(一)  被控訴会社としてはまず現実の損害発生を争う。蓋し、およそ手形を割引くに際してはかつて割引いたことのある振出人の手形でさえも当該手形を持参して振出の真正につき確認を行い、または少なくとも電話で問合わせるのが通例であり、金融業者である控訴人はかかる事情に精通している筈であるところ、控訴人はこれまで被控訴会社振出の手形を割引いたこともないにも拘らず何ら右の如き確認手続もとっていない。金融業者がかかる軽卒な割引をなすことは通常考えられないところであって、控訴人が被控訴人鈴木顕一に現実に割引金を交付したとの点は疑しい。

(二)  加藤の本件手形偽造行為は被控訴会社の事業の執行につきなされたものではないから被控訴会社は同人の使用者としての責任を負わない。すなわち、加藤は被控訴会社の従業員ではあったが、その職務権限は前記のとおり一般雑務であり手形振出の準備行為すらさせていなかったものであり本件手形偽造に使用した被控訴会社の記名判(「布施市荒川三丁目一三二、宇野高分子工業株式会社代表取締役宇野清」と刻されているゴム判)及び代表者印(これは官庁用の個人印で手形振出には使用していない。手形振出に使用する代表者印は代表者自身または訴外横田雅夫が終始身につけている)はいずれも被控訴会社内のロッカー内に保管し、ロッカーの鍵は訴外横田雅夫が身につけていたもので加藤が自由に使用しうるものではなかった。また、被控訴会社において正規の手形を発行する場合は被控訴会社代表者と横田雅夫が相談して金額を決定し横田自身が所定の手形用紙(偽造を防ぐため一連番号を打ったものでロッカーの中の更に鍵のかかる抽斗に入れて横田が保管している。従って、本件偽造手形の用紙は市販のものである。)に手形要件を全て記入し前記被控訴会社のゴム判及び手形用の代表者印を押捺して作成しており、加藤は何ら関係はなかった。

(三)  仮に右主張が認められないとしても、被控訴会社は右加藤の選任及び事業の監督につき相当の注意をした。すなわち、被控訴会社は加藤を雇用するに際しては紹介者にその身元確認を行い、且つ事業の監督についても訴外横田雅夫が十分注意し手形偽造を防ぐためには前記のとおり発行手続一切を横田が行い印鑑及び手形用紙も同人が保管していたものである。

(四)  仮に被控訴会社に使用者責任ありとすれば、損害額の算定につき過失相殺を主張する。すなわち、およそ手形を割引くに際しては前記の(一)如き確認手続をなすのが通例であり、金融業者である控訴人としても当然右確認手続をなす注意義務があったにも拘らず、控訴人はこれまで被控訴会社振出の手形を割引いたことが皆無であるのに敢えて本件手形の振出の有無につき何らの確認手続をとらなかったもので、右は控訴人の過失というべきである。」と陳述し、<省略>。

被控訴人鈴木顕一は適式の公示送達による呼出しを受けながら当審における口頭弁論期日に出頭せず且つ答弁書その他の準備書面も提出しなかった。

理由

第一、被控訴会社に対する請求について。

一、まず手形金の請求について判断する。

(一)  控訴人がその主張の約束手形を所持していることは弁論の全趣旨によって明らかであり右手形(甲第一号証)の振出人の記名及び名下の代表者印が被控訴会社の記名判及び被控訴会社代表者個人印によって顕出されたものであることは被控訴会社の認めて争わないところである。しかし、当審証人加藤光治、原審、当審証人横田雅夫の各証言に弁論の全趣旨を総合すると、本件手形は昭和三九年二月頃訴外加藤光治が後記認定の経過を以て無権限で被控訴会社の記名判及び控訴会社代表者個人の印章を擅に冒用して作成したものであることが認められ、他に右認定を左右すべき証拠はない。従って、本件手形が被控訴会社によって振出されたものであることを前提とする請求は理由がない。

(二)  そこで、表見代理の主張について考えるに、控訴人は仮に訴外加藤に本件手形振出の権限がなかったとしても同人は当時被控訴会社の経理課に勤務し、手形発行の代理権を有していたものであるから本件手形の振出は加藤の右代理権限踰越行為であると主張するけれども右主張を肯認するに足る証拠なく、却って、前掲証人加藤光治、同横田雅夫、原審証人高岡徳男の証言を総合すると、訴外加藤光治は当時被控訴会社の従業員として取締役横田雅夫の下で伝票の仕訳け、日表の作成、元帳記入等の経理事務を担当していたものであるが、被控訴会社提出の手形発行については、右取締役横田雅夫がその任に当り加藤はその命により補助者として所定の手形用紙に手形要件の下書をなす等の事実行為をしていたに過ぎず、被控訴会社を代理して手形を振出し、またはその他の何らかの法律行為をなす権限は全く有していなかったことを認めることができるから、本件手形の振出行為をもって加藤の代理権踰越行為と認める余地はない。してみると、控訴人の表見代理の主張は爾余の点につき判断をなすまでもなく既にこの点において理由がなく、右主張に基く手形金の請求もまた認めることはできない。

二、次に、控訴人は当審において訴の追加的変更をなした上新たに不法行為を理由とする損害賠償の予備的請求をするので右請求について判断する。

(一)  先ず、加藤光治が被控訴会社の被用者であったことは当事者間に争いなく、前掲証人加藤光治、同横田雅夫(但し、後記認定に反する部分を除く)、同高岡徳男の各証言を総合すると、

(イ) 加藤は昭和三八年頃被控訴会社に雇用され爾来本件手形の偽造が発覚して退職するまで被控訴会社において経理担当取締役横田雅夫の下で伝票の仕訳け、日表の作成、元帳記入等の経理事務を担当していたほか後記の如き被控訴会社振出の手形の作成準備行為にも従事していたこと、

(ロ) 被控訴会社における手形発行手順は毎月一回一〇日頃あらかじめ代表者と右横田が当月分の支払先及び金額を決定し、横田がその一覧表を作成し、これに基き経理事務担当者(当時横田、加藤、女子二名の構成)が所定の一連番号ある手形用紙に金額、支払期日等の手形要件を記入し、振出人欄には被控訴会社記名判(ゴム判)を押捺し、次に横田(横田不在の時は代表者自身)がその名下に代表者の手形用印章を押捺していたもので、もとより加藤も経理事務担当者として右代表者の印章押捺以外の手形作成準備行為及びこれに附随する請求書、振替伝票の作成等の事務にも携っていたものであること、なお右会社記名判は事務所ロッカーの印箱に保管してあり執務時間中は自由に使用が可能であったが、代表者の手形用印章は横田又は代表者が常に身につけて保管していたこと、

(ハ) 加藤はかねて知合の訴外辻本某から被控訴会社名義の手形振出の依頼を受け、昭和三九年二月頃自ら市販の手形用紙を購入して手形要件を記入し、振出人欄には前記被控訴会社記名判を押捺し、その名下には前記同様印箱に在ってかねて被控訴会社が健康保険等の官庁向に使用していた代表者個人名の印章を擅に押捺し、よって被控訴会社振出名義の本件手形を作成偽造した上右辻本に貸与したこと

を認めることができ、右認定に反する横田証言の一部は前掲証拠に照らし遽に措信するをえず他に右認定を左右すべき証拠はない。

以上の認定事実によれば、加藤の本件手形偽造行為はもとより被控訴会社の事業執行の主観的意図に基くものでなく、また被控訴会社における正規の手形発行手続に対比するとその手形用紙及び振出人名下の代表者印を異にすることは明らかであるけれども、その行為の外形を観察して当時の加藤の職務に照らすと、民法第七一五条に所謂「事業ノ執行ニ付キ」なされたものと解するのが相当である。

(二)  そこで次に損害の発生について検討する。当審における控訴本人尋問の結果によると、控訴人は昭和三九年二月遅くとも本件手形満期日前に被控訴人鈴木顕一から本件手形の割引依頼を受けてこれに応じ、同人に対し右割引金名下に金三六万円を交付したことを認めることができ右認定を左右すべき証拠もない(被控訴会社代理人は、はたして控訴人は金銭を現実に出捐したか否か疑しいと言うけれどもこれを疑うに足る格別の事情もない)。右認定事実によれば控訴人は本件手形が偽造であったことにより被控訴会社に対する手形債権を取得できず、前記金三六万円と同額の損害を蒙ったものと言うべきである。しかして、右損害は被用者加藤が本来流通証券である本件手形を偽造して他人に交付したことに因って発生したものであるから、右加藤の偽造行為と控訴人の損害との間に相当因果関係があることは言うまでもない。

(三)  被控訴会社代理人は、加藤の選任及び事業の監督につき相当の注意をしたと主張する。しかして、被控訴会社では手形用紙に一連番号を付し又手形用紙の代表者印は代表者又は横田が常に身につけて保管して手形偽造を防止していたこと前記認定のとおりであるが、他方、執務中印箱には会社の記名判及び官庁用の代表者印が在って自由に取出すことができ、現に加藤は本件手形のほかにも六、七通の偽造を逐げたがこれに気付かず、他に特段の注意監督をなした形跡もないことを考えると右程度では被控訴会社は未だ民法第七一五条但書所定の相当の注意をなしたとは認め難く、他に右主張を肯認するに足る証拠はない。

(四)  次に被控訴会社は過失相殺を主張するけれども、手形割引をなす者は特段の事情のない限り必らずしも直接手形上の債務者に対し債務の存在を確認する必要も義務もなく従ってこれを怠ったことによって生じた損害につき責を負うべきものでないことは手形の性質上明らかである。それ故、控訴人において右確認手続をとらなかったことをもって過失となす被控訴会社の主張は主張自体失当というべきであり、他に控訴人につき相殺を考慮すべき過失ありと認められる証拠もない。

(五)  よって、被控訴会社は被用者たる加藤が同会社の事業の執行について控訴人に加えた損害を全額賠償すべき義務がある。

第二、被控訴人鈴木顕一に対する請求について。

当裁判所は控訴人の被控訴人鈴木顕一に対する請求を失当と認めるもので、その理由は次のとおり付加するほか原判決理由に示すところと同一であるからここにこれを引用する。

「当審における控訴本人尋問の結果中、控訴人は本件手形の支払いを求めるため呈示をなしたさい受取人欄の白地を補充したと供述する部分は原審における控訴本人尋問の結果(その前半部分)及び弁論の全趣旨に照らしたやすく措信することができない。」

第三、結論

よって、控訴人の被控訴人らに対する手形金の請求はいずれも棄却を免れず、本件控訴はいずれも失当として棄却すべきであるが、当審において新たに追加変更した被控訴会社に対する損害賠償請求は前記損害金三六万円と右損害発生の日の後である昭和三九年四月六日以降完済に至るまで右金員に対する民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において正当であるからこれを認容し、その余は失当として棄却すべく<以下省略>。

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